赤ちゃんを救う「3万円の壁」:RSウイルスワクチンをめぐる日本の意外な現実と2026年の大転換

感染制御認定薬剤師

生後間もない赤ちゃんが突然、激しい咳や呼吸困難に陥る――。乳幼児にとって「RSウイルス」は、肺炎や細気管支炎を引き起こし、時に命に関わるほど重症化する恐れのある感染症です。ほぼ100%の乳児が2歳までに感染すると言われるこのウイルスに対し、2024年、日本の医療現場に画期的な予防策が登場しました。それが「母子免疫ワクチン(商品名:アブリスボ®)」です。

お母さんが妊娠中にワクチンを接種することで、胎盤を通じて赤ちゃんに「免疫のギフト」を届ける。そんな「生まれる前からの守り」に大きな期待が寄せられる一方で、現在の妊婦さんが直面しているのは「守りたいけれど、手が出しにくい」という切実な悩みです。背景には、高額な自己負担と情報不足という、現代日本が抱えるリアルな障壁がありました。

本記事では、最新の調査データから浮き彫りになった格差の実態と、2026年に予定されている公衆衛生上の大きな転換点について、感染制御認定薬剤師の視点で紐解いていきます。

——————————————————————————–

【衝撃の格差】接種率わずか11.6%を左右する「収入と教育」の壁

※geminiで作成したため文字化けしています※

2024年5月末から国内接種が始まった「アブリスボ」ですが、その普及には厳しい現実が突きつけられています。国立成育医療研究センターが2024年7月から2025年8月に出産した女性1,279名を対象に行った調査によると、実際の接種率はわずか**11.6%**にとどまりました。

さらに詳しくデータを分析すると、社会経済的な背景による「接種格差」が鮮明に浮かび上がります。母親の教育歴および世帯年収別に見た接種率では、最終学歴が中卒・高卒の層の接種率がわずか3.1%(世帯年収400万円未満の場合)であるのに対し、大学院卒で世帯年収1,000万円以上の層では**22.7%**にまで達しています。

分析・リフレクション: 「子供の健康を守る手段が、親の経済力や教育環境によってこれほどまで左右されている」という事実は、公衆衛生の観点から極めて深刻な課題です。本来、予防医学は社会的な背景に関わらず、すべての命に平等に提供されるべきものです。しかし現状では、1回あたり「3万〜4万円」という高額な自己負担金が、安全を享受できる人とそうでない人を分ける「見えない壁」として機能してしまっています。

調査結果には、実際に接種した人々の重い負担感が次のように記されています。

RSウイルス母子免疫ワクチンを接種した女性(N=148)における支払い費用の負担感については、87.2%が「やや高い」または「とても高い」と回答しました。

——————————————————————————–

「知らない」というもう一つの障壁:ワクチン認知度の低さが招く機会損失

接種率を低迷させているのは、経済的な要因だけではありません。未接種者が「なぜ打たなかったのか」という理由のトップ3には、情報伝達の不全が如実に現れています。

  1. 予防効果を知らなかった(28.9%)
  2. ワクチンの存在を知らなかった(27.3%)
  3. 自費での支払額が高すぎる(18.7%)

注目すべきは、費用負担以上に「効果や存在そのものを知らなかった」という認知不足が上位を占めている点です。その一方で、**「無料であれば接種する」と回答した人は77.5%**にのぼり、潜在的な予防ニーズは極めて高いことが分かります。

分析・リフレクション: これは単なる個人の知識不足ではなく、医療現場や自治体からの臨床コミュニケーションにおける課題と言えます。3割近い人々が「存在すら知らない」まま接種の機会を逃している現状は、公衆衛生上の大きな機会損失です。費用負担の軽減と並行して、適切な情報がすべての妊婦さんに届く仕組み作りが急務です。

——————————————————————————–

2026年4月、ついに「定期接種化」へ。公費負担で変わる日本の未来

こうした現状を打破する決定的なニュースが飛び込んできました。厚生労働省の専門部会は、2026年4月からRSウイルスワクチンを予防接種法に基づく「定期接種」とすることを了承しました。

これまでの「任意接種(全額自己負担)」から、公費助成の対象となる「定期接種」に変わることで、これまでの経済的・社会的格差は劇的に解消される方向へ向かいます。

分析・リフレクション: この政策転換は、日本の少子化対策、そして乳児死亡・重症化リスクの低減において、歴史的なインパクトを持つでしょう。定期接種化されることで、自治体からの個別通知や医療機関での積極的な案内が標準化されます。これにより「費用」と「情報」の両方の壁が同時に取り払われ、日本の育児における「安全のボトムアップ」が実現することが期待されます。

——————————————————————————–

「母子免疫」のメカニズム:なぜお母さんが打つと赤ちゃんが守られるのか

ここで、ワクチンの科学的なメカニズムをおさらいしましょう。「アブリスボ®」が採用しているのは、RSウイルスのサブグループAおよびBの両方に対応する「2価の組換えタンパク質ワクチン」です。

最大の特徴は、免疫補助剤(アジュバント)を含まない「無添加」の設計である点です。これにより、高齢者用(アレックスビー®など)とは異なる、妊婦さんへの安全性を考慮した組成となっています。

  • メカニズム: お母さんの体内で作られた抗体が胎盤を通じて赤ちゃんに移行し、生後6ヶ月ごろまでの最も危険な時期を保護します。
  • 推奨時期: 妊娠24〜36週に接種可能ですが、日本国内の知見では有効性の観点から28〜36週の接種が望ましいとされています。
  • 安全性: 臨床試験ではわずかな早産率の数値的上昇が議論されましたが、米国のVSD(Vaccine Safety Datalink)やVAERSなどの大規模データでは、32〜36週の接種において安全性に問題がないことが示されています。

分析・リフレクション: このワクチンは、小児科が「かかった後に治す」受動的な医療から、産科と連携して「生まれる前から防ぐ」能動的な医療へとシフトする象徴です。また、最近の米国退役軍人を対象とした大規模データ(JAMA Intern Med, 2024)では、RSVワクチンの有効性が2シーズンにわたり維持されるものの、免疫不全者では効果の減衰(約40%まで低下)が見られるという報告もあり、持続的な予防戦略の重要性が改めて浮き彫りになっています。

——————————————————————————–

結論:命の平等と、私たちがこれから向き合うべき課題

日本におけるRSウイルス母子免疫ワクチンは、いま大きな過渡期にあります。米国や英国ではすでに30〜50%という高い接種率を達成していますが、日本はまだ11.6%。この国際的な遅れを取り戻すための切り札が、2026年の定期接種化です。

しかし、制度が変わるまでの間も、ウイルスは休むことなく赤ちゃんを狙っています。いま私たちにできるのは、2026年を待たずとも「今ある選択肢」を正しく伝え、命を守るための対話を始めることです。

「お金や情報の有無にかかわらず、すべての赤ちゃんが等しく守られる社会」を作るために、私たちは次に何をすべきでしょうか? 医療従事者による丁寧な説明、行政による迅速な制度設計、そして私たち一人ひとりがこの新しい「守りの形」を知ること。その積み重ねが、未来の命を救う確かな一歩となります。

コメント

タイトルとURLをコピーしました